2009年9月23日水曜日

獅子の爪から救う

神様が何かを覚えようと言われるのは私達のためです。私達が過去に助けられた事の記憶は今体験するものの私達の信仰の念を大きなものにします。


あ なたには今なにか抱えてる問題がありますか。家で、仕事で、家族の問題が巨人のように憚っていると思っていますか。そんな時、巨人に対処するにはダビデの ようにするしかありません。彼は獅子と熊のことを思い起こしました。嘗て神が忠実であった事を思い起こし、ダビデはゴリアテに怖れ無しで臨む事が出来まし た。


ダビデがコリアテと戦うことを志願したとき、「 サウルはダビデに言った、『行って、あのペリシテびとと戦うことはできない…。 しかしダビデはサウルに言った、『しもべは父の羊を飼っていたのですが、しし、あるいはくまがきて、群れの小羊を取った時、 わたしはそのあとを追って、これを撃ち、小羊をその口から救いだしました。その獣がわたしにとびかかってきた時は、ひげをつかまえて、それを撃ち殺しまし た。 しもべはすでに、ししと、くまを殺しました。この割礼なきペリシテびとも、生ける神の軍をいどんだのですから、あの獣の一頭のようになるでしょ う』」。(Iサムエル17:33-36) 


ダ ビデはゴリアテと対峙する危険を知っていました。彼は馬鹿でもなく、虚勢を張って、喧嘩を吹っかける若者ではありませんでした。そうではなく、ダビデは嘗 て自分がどのように救われたか思い出だしていました。だから、彼は敵に向かってこう言えたのでしょう。「ししのつめ、くまのつめからわたしを救い出された 主は、またわたしを、このペリシテびとの手から救い出されるでしょう」。

神 の民の多くはゴリアテのような巨人に挑まれています。しかし、彼らの多くは怖れてしまっています。あなたはその中の一人ですか。あなたが病気で死ぬところ を主が癒して下さった事を忘れてはいませんか。あなたがお金の問題で「もう、おしまいだ」と思ったのに、主によって助けられ、未だにあなたを保たれること を覚えていませんか。

私達が理解できない事が沢山ありますし、私達がイエス様と共に故郷に帰るまで理解できない事も沢山あります。しかし私は神は癒し給う神、逃れる道を与え給う神である事を絶対的に信じます。私達の問題はどこで私達は立ち上がって、勝利を得る信仰と勇気を探すかです。

それは獅子や熊の事を思い出して、そんな信仰と勇気をえるのです。あなたが嘗ての 信じられない神の忠実さ、神があなたに与えた勝利を思い起こすことからくるのです。あなたはあなたの人生での神の権威と栄光を見出し、理解すること無しで は決してその巨人に立ち向かうことが出来ないでしょう。