2008年10月24日金曜日

主はすべてを求めておられます

「なんと幸いなことか、すべて主を待ち望む人は。もはや泣くことはない。主はあなたの呼ぶ声に答えて、必ず恵みを与えられる。あなたの耳は、背後から語られる言葉を聞く。『これが行くべき道だ、ここを歩け。右に行け、左に行け』と。あなたたちは祭りを祝う夜のように歌い、笛に合わせて進む者のように心楽しむ。」(イザヤ書18~19、 21、29より抜粋)イザヤは「もしあなたが、ただ主を待ち望むなら―再び主を呼び求め、主に信頼するようになるなら―主は私が言ったことすべて、またそれ以上のことを成してくださいます」と言っているのです。

神様がただ一言発せられるだけで、敵は私達の前に打ちのめされます。「アッシリアは主の声のゆえにおののく。」(イザヤ書30:31)愛する皆さん、神様に解決出来ない問題はありません。私達のために勝利出来ない戦いはありません。神様はそれを、口から出る御言葉だけで成されるのです。イザヤはこう言っています、「主の息が焼き尽くす硫黄の流れのように、そこに臨む。」(イザヤ書30:33) 

しかし、すべてのことにおいて、神様に信頼することは、簡単なことではありません。最近のことですが、私はニューヨーク市にある私の教会の建物について、主の御心を求めました。私は主にこう言いました、「天のお父様、このことについて、あなたに一切をお委ねします。私はあなたの御心を求めましたから、平安の内に待ち望みます」と。神様はこの様に返答されました。「ディビッド、あなたが自分の所有地や、財産など、物質的なものに関して、わたしに信頼を置いてくれていることは素晴らしいことだ。しかし、あなたはまだ、自分の健康について、わたしを信頼していない。」

私は自分の年齢を、よくわきまえているつもりです。そして自分がいなくなった後、家族がどうなるのか、非常に心配しています。主からの御言葉は、稲妻の様に私に突き刺さりました。私は物質上の心配はすべて主の御手に委ねているのに、永遠についての心配は委ねられていなかったのです。それに気付き、私は「主よ、あなたは私がすべてを委ねることを、求めていらっしゃるのですね」と祈りました。

そうです、聖徒なる皆さん、神様はすべてを求めておられるのです―あなたの健康も、家族も、将来も。神様はあなたに、すべての問題について神様に委ねて欲しいと願っておられます。そしてあなたに、平安と、確信と、憩いの中で生活して欲しいと願っておられるのです。ですから、隠れた場所に行き、主と二人っきりの時間を持って下さい。すべてを携えて、御前に行くのです。神様は、「あなたはわたしが背後から、『こっちに進みなさい、この道を歩みなさい』と語る言葉を聞く」と約束してくださっています。

信仰を証明するものは、安らぎです。信頼し切った信仰は、心に平安をもたらします。そして真の信仰は、すべてを主の御手に委ねます。