2009年5月13日水曜日

主の素晴らしい名による挨拶

私は何日間か詩篇の142篇と143篇で黙想しました。あなたもこの力強い詩篇によってあなたの信仰が励まされることを望みます。

私はダビデが「わが霊のわがうちに消えうせようとする時も、あなたはわが道を知られます」。(142:3)と詠った時、どんな気持ちだったのだろうと考えました。彼は143:4でそのことを繰り返します。「わたしに心をとめる者はひとりもありません。」ダビデが実際に神様に「私は溺れかけています。私の敵が私を攻撃し、私を倒そうとしています。」 彼は主に叫びます。「どうか、わが叫びにみこころをとめてください。わたしは、はなはだしく低くされています。…わたしをひとやから出し、み名に感謝させてください。」(142:6‐7)

愛する皆さん、この言葉は私達がどうすべきかを書いたものです。試みと艱難に諦めようとする人達への励ましです。ある人はお金、返せないような借金の問題でしょう。沢山の人達が収支があってなく、寡婦や老人家庭は支払いがやっと出来るほどです。

人は私が批判的であり、余りにも否定的であると言います。人は悪い知らせを聞きたがりません。彼等は牧師が痛み、苦しみ、試みを語ったら耳を塞いでしまいます。しかし、私達が住んでいるこの世は時折そんなことばかり起きます。ダビデのように、私達は義に立っていても試みに遭います。私達は病や、愛する者達の死、混乱、途方に暮れる気持ちを耐えます。私達には私達の信仰に対するサタンの攻撃があります。

そして、その危機の時に私達は神を苦しみの中、求め、叫ぶ事を学びます。ダビデは言っています。「わたしはみ前にわが嘆きを注ぎ出し、み前にわが悩みをあらわします。」(142:2)「あなたの真実と、あなたの正義とをもって、わたしにお答えください。」あなたの状況がとても難しいのですか。ダビデがした様にして下さい。

わたしはあなたにむかって手を伸べ、わが魂は、かわききった地のように/あなたを慕います。(143:6)

わたしにみ顔を隠さないでください。… あしたに、あなたのいつくしみを聞かせてください。わたしはあなたに信頼します。わが歩むべき道を教えてください。わが魂はあなたを仰ぎ望みます。(143:7-8).

主よ、わたしをわが敵から助け出してください。わたしは避け所を得るためにあなたのもとにのがれました。あなたのみむねを行うことを教えてください。あなたはわが神です。恵みふかい、みたまをもって/わたしを平らかな道に導いてください。主よ、み名のために、わたしを生かし、あなたの義によって、わたしを悩みから救い出してください。(143:9-11)

力を出して下さい。神は統べ治められます。あなたの必要を時に当たって与えられます。